渡辺真也「ミクロとマクロ、過去から未来へー時空を超えた安部の冒険」
ボルケーノ・ラヴァーズ展覧会カタログ、2009年
渡辺真也
展覧会カタログ「ボルケーノ・ラヴァーズ」 2009年
「制作行為を通して、何らかの真理、発生するということの真実に向かっていきたい。」そう語る安部は、ミクロからマクロへ、過去から現在、未来へ、さらに自然と人間のつながりをテーマに、カッターで切りとった紙を重ねていくという表現行為を行ってきた。壮大なスケールと圧倒的な完成度。卓越した技術に支えられた安部の表現は、繊細でありながら力強い。また、作品に使用するマテリアルごとに、作品が自ら成長していける方向性を見極め、導いていく、という彼女の制作姿勢は、自然を支配するものではなく、沿い従っていくものと捉えていた日本古来の自然観を思い起こさせる。
出展作品「A Piece of Flat Globe Vol.10」では、1枚では平面にしかならない紙をレイヤー状に積み重ねることで、地球に見立てたキューブ状の立体とし、それに切り込みを入れて、地層のような断層を生みだしている。安部は本作品で、紙というマテリアルの成長可能性を最大限に引き出し、大地を生き物のような運動体として捉えることに成功しているが、それはまるで地球がプレートテクトニクスという運動において大地を生み出すかのようである。
「Lands of Emptiness 2009」では、円形の、集合的かつ有機的な流れを生みだしている。円の丸いイメージは、レイヤーの深度という時間軸の中に閉じこめられ、視覚がレイヤーの奥へと進むうちに、円は楕円へと変化していく。
放物線を描く楕円は、あたかも重力とスピードの関係性によって生まれた惑星の公転のようでもあり、原子核のまわりを回る電子の軌道のようでもある。マクロとミクロ、両極のイメージを持ち合わせるこの作品には、サイズレスともいえる壮大なスケール感がある。と同時に、静かな雪道をコヨーテが歩いていく、といった不思議な抒情性をもたたえている。
ハンガリー出身の作曲家バルトークは、”黄金比”という非西洋的な概念を西洋音楽に積極的に持ち込むことにより、代表作「ミクロコスモス」を作曲したが、安部は、西洋美術の中に日本的な時間感覚とスケール感を持ち込むことで、自身の「ミクロコスモス」=小宇宙を創りあげることに成功したのだ。
レイヤーの深度と時間の経過におけるつながりを、より明確に見せているのが、「Flat File Globe Red Tank B(2009 version)」である。本作品では、長い年月をかけて生まれた鍾乳洞のように、自らの形状に沿いつつ、自らを侵食していくことで生まれた円形のレイヤーが、キャビネットに収められ、そのまま引き出しごとに見られるようになっている。
このことによりあらわになったのは、作家の終わりのない、無限に続く「発生の源」への飽くなき探求心である。この真理への深い探求心こそが、安部の作品の力強さの源であるといえよう。